休む=悪だと思っていた
私はずっと、
「休むこと=怠けていること」「頑張らない自分はダメ」
そんなふうに思い込んで生きてきました。
- 休んでいると、強い罪悪感が湧く。
- 何かしていないと不安になる。
- そして、周囲の目が気になって仕方がない。
特に田舎という環境もあり、
「平日の昼間に家にいる=働いていない人」
「また辞めたの?」
そんな噂や視線を勝手に想像しては、心がざわついていました。
本当は疲れているのに、休む理由を必死で探して、休めない自分がいました。
心と体が出していたサイン
そんな生活を続けていた結果、心と体は、はっきりとサインを出していました。
- 原因の分からない胃痛
- 吐き気
- 夜なかなか眠れない
- 常に体に力が入っている感覚
- 何もしていないのに疲れている
今思えば、完全に「限界」のサインでした。
それでも私は、
「まだ大丈夫」
「もっと頑張れるはず」
と、自分の声を無視し続けていました。
何もしない日を作ってみた
ある日、思い切って「今日は何もしない」と決めた日を作りました。
子どもを見送ったあと、家に戻って、見たかったドラマを流し、食べたいものを食べて、ぼーっとソファに座る。
- 掃除もしない。
- 生産的なこともしない。
- 意味のあることをしようとしない。
最初は、正直落ち着きませんでした。
「こんなことしてていいのかな」
「時間を無駄にしている気がする」
そんな気持ちが頭をぐるぐる回っていました。
休んで初めて分かったこと
不思議なことに、何もしない時間を過ごした翌日、少しだけ元気が戻ってきたのです。
すると自然と、「外に出てみようかな」という気持ちが湧いてきました。
図書館へ行ったり、ウィンドウショッピングをしたり。
「やらなきゃ」ではなく、
「やりたい」という気持ちが、久しぶりに戻ってきた感覚でした。
休むことで、心の中に余白が生まれ、その余白が次の一歩を連れてきてくれたように感じました。
休むことは逃げじゃない
休むことは、逃げではありません。
回復のための行動であり、次に進むための準備です。
私は何もせずに休んだあと、この気持ちをこうしてブログに残そうと思えました。
「もし、今しんどい誰かがこれを読んで、少しでも心が軽くなったら」
「ここで雨宿りしてもらえたら」
そんなふうに思えたことで、この経験さえも、前向きな意味を持つものに変わりました。
まとめ|休むのが怖い人ほど、限界が近い
休むのが怖い人ほど、本当はもう限界が近いのかもしれません。
休む勇気は、生きる力そのものです。
立ち止まってもいい。
何もしない日があってもいい。
雨の日が続いても、ちゃんと晴れはやってきます。
どうか今日は、あなた自身に「休んでいいよ」と言ってあげてください。
休めなかった背景には、人間関係で気を遣いすぎてしまう性格もありました。
▶︎ 人に気を遣いすぎて疲れてしまう理由についてはこちらの記事で書いています。
雨のち晴れメモ
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この文章が、あなたの雨宿りになっていたら嬉しいです。
無理せず、今の自分を大切にしてくださいね。
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