子供を育てて初めて見えたもの
長女は、小耳症という生まれつきの疾患をもって生まれてきました。
出産後、母の前では涙ひとつ見せられず、夫の前や、夜中の新生児のお世話をしながら、ひとりで泣き続けていました。
「どうしてこうなったのだろう」
「これを食べたから?あの時あれをしたから?」
理由を探しては、自分を責める毎日でした。
そんな中で、ふと気づいたことがあります。
- 私は両親のことを、心から信頼していない。
- 弱さを見せられない。
- 頼れない。
- 安心して甘えられない。
その感覚が、はっきりと言葉になったのは、子どもを守る立場になってからでした。
「これは普通じゃなかったかもしれない」と思った出来事
違和感は、少しずつ積み重なっていきました。
マイホームを建てる際、施工会社を指定されました。
「500万出資してやった」と言われましたが、実際にそのような事実はありませんでした。
外構をどうしようか悩んでいると、いつの間にか知り合いの業者に連絡されていて、断れず、そのままお願いする流れに。
育児では、沐浴を手伝ってほしい場面でも写真撮影に夢中。
久しぶりに実家へ帰ると、子どもをおんぶしながら、なぜか私が夕飯7人分を作っていました。
水回りは相変わらず不衛生で、子どもを安心して遊ばせられない空間。
一つひとつは些細なことかもしれません。
でも重なるうちに、
「これは普通じゃなかったのかもしれない」
そう思うようになりました。
親を責めたいわけじゃない
誤解されたくないのですが、私は親を一方的に責めたいわけではありません。
最低限、育ててもらったのは事実です。
選択肢は少なかったけれど、さまざまな経験をさせてもらいました。
- 気持ちの強さや、諦めの悪さ。
- 人の気持ちを敏感に汲み取る力。
それらは、良くも悪くも、この家庭で育ったからこそ身についたものだと思っています。
感謝している部分も、確かにあります。
それでも、連鎖を断ちたいと思った理由
それでも、どうしても断ち切りたいものがあります。
それは、自分が言われて嫌だった言葉を、無意識に子どもに向けてしまう自分。
ふとした瞬間に出てしまう言葉に、「これは違う」と強く思うようになりました。
- 子どもには、顔色を伺って生きてほしくない。
- 我慢が当たり前の人生を送ってほしくない。
- 自由に考え、選び、自分の気持ちを大切にしてほしい。
そのためには、まず私自身が変わらなければいけないと感じています。
今も揺れながら考えていること
答えは、まだ出ていません。
距離の取り方も、向き合い方も、今も揺れながら考えています。
でも一つだけ確かなのは、気づいてしまった以上、もう戻れないということ。
雨の日が続くこともあるけれど、いつか晴れると信じて、私はこの先の選択をしていきたいと思っています。
親との関係に気づいたことは、
働き方を見直すきっかけにもなりました。
▶︎ 研修3ヵ月で仕事を辞めた私が、後悔していない理由
雨のち晴れメモ
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この文章が、あなたの雨宿りになっていたら嬉しいです。
無理せず、今の自分を大切にしてくださいね。
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